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スマートスタイル 生沢徹

生沢徹さん「スマートは東京に一番向いているクルマ。傑作だね」

乗りにくいけれど、そこが楽しい。
“犬も振り返る”そのスタイリングが最高


自分用と奥様用と、現在2台のスマートBRABUSを所有する生沢 徹さん。

日本のモータースポーツ創世記の1960年代、大学生ながら日本のトップレーサーとして活躍した後、ヨーロッパへ。'66年から'69年はイギリスF3に参戦し優勝8回。さらに当時F1の登竜門だったF2で後のF1ワールドチャンピオン、エマーソン・フィッティパルディらと熾烈なレースを展開、2位表彰台まで登った世界的なレーシングドライバーは、なぜこのクルマを、それも2台も購入されたのだろうか?

「そもそも、僕自身は全く興味がなかったんだ。ただ、自由ヶ丘などウチの近所は道が狭くてクルマが全然駐められない。だから奥さんの買い物用にちっちゃいクルマをとなって、軽自動車を見に行ったり、そしたらモータージャーナリストの清水和夫君から『そのサイズで安全性を考えたらスマートしかない』と言われてノーマルのスマートを試乗したり。でもどちらも満足できなくてしばらく忘れていた。その後、ロンドンでBRABUSを知った。あちらで買おうかと話してたら、日本でも買えるようになって、奥さんが購入したんだよ」

そしてそのスマートBRABUSを運転するうちに、生沢さんも魅せられたという。

「なんと言ってもスタイリングがいい。何しろユニーク。女性や子供、それに犬まで口を開けて目を丸くして見るよね(笑)。このサイズ、コンセプト、スタイリング。自動車として傑作車の1台だね。東京でもロンドンでもパリでもニューヨークでも、大都市にぴったりのサイズだし」

「子供達にはいつも『あっ! チョロQだっ』て言われますよ」と奥様も微笑む。

「決して乗りやすくはない。でもそこが面白いんだ。例えばオートマなんてまだまだだよ。坂道発進なんて普通のクルマと同じつもりで操作するとズルズル後ろに下がるからコワイ。ウチの奥さんのように両足を使って、ブレーキを踏んだままアクセルを吹かして、それからブレーキを緩めるという、ライコネンもシューマッハもマッツァオのテクニックが必要なんだ(笑)」

「ヒルスタートアシスト機能が付いて坂道も安心……なのですが」と販売店担当者。

「でもそういう風に、クルマに自分が合わせなければならないところ、特別なテクニックを必要とするところが、逆にとても楽しい。ステアリングに付いたスイッチで操作するパドルシフトはマクラーレンF1と同じで、F1ドライバーになった気分だよ。道具として優秀なクルマはほかにいくらでもあるけど、それを押してでも買いたくなる“何か”がこのクルマにはあるよね」

2台目を購入した理由は、奥様がBRABUSを改造せず乗りたいと望んだから。

「僕は過激にマクラーレンF1のイメージにしたくて、それならもう1台ということになったんだ。まだ完成していないけれど、リアブレーキをドラムからディスクに改良中なんだ。そのことは、イギリスのスマート愛好家の同人誌でも紹介されたよ。世界中に熱烈なファンがいるんだね。この前、モナコでもたくさんのスマートやスマートBRABUSを見たし、モナコでスマートのアクセサリー屋でも開こうか(笑)」

生沢さんと奥様のスマートライフは、これから、さらに楽しくなりそうだ。


 
生沢 徹(いくざわ・てつ)さんと奥様、そして奥様の愛車スマートBRABUS。いつもは隣にもう1台、生沢さんのシルバーのBRABUSが停まっているのだが、取材時は残念ながらドック入り中。別のクルマを停めるときは、2台のスマートを縦に並べることもあるとか。














ヨーロッパのレースで活躍した生沢さんの勇姿
応接間に飾られていた、ヨーロッパでF2レースに参戦していた頃の写真。元F1ドライバー中島 悟氏を育てたのも生沢さん。日本のモータースポーツ界への貢献は計り知れない。
  左がオリジナル、右が生沢スペシャル。
いつもはこの2台体制。
ちなみに右の生沢さん用のシルバーのスマートBRABUSをマクラーレンのF1マシン風に改造したものが下の写真。